廣瀬永和監督【岩谷産業陸上部】が飯田怜を棄権させない理由は?


2018年10月21日に行われたプリンセス駅伝。

飯田怜選手が負傷して四つん這いになってタスキをつなぐというハプニングが起きました。

飯田選手が所属する岩谷産業陸上部を指導するのが廣瀬永和監督です。

廣瀬永和監督が飯田怜選手を棄権させない理由について考えてみます。

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廣瀬永和監督のプロフィール

廣瀬永和監督1965年7月16日生まれの53歳です。

兵庫県出身で、立命館大学を卒業。

現在は岩谷産業株式会社の陸上競技部の監督をされています。

廣瀬永和監督といえば野口みずき選手のコーチとして有名です。

この野口選手ですが2004年のアテネ五輪の女子マラソンで金メダルを獲得しました。

引用:日本オリンピック委員会

岩谷産業は2016年に陸上競技部を創部したタイミングで廣瀬永和監督を招へいしています。

陸上部の創部当時には、選手は6名でした。

まだ飯田怜選手は陸上部に所属していませんね。

引用:岩谷産業陸上部ホームページ

廣瀬永和監督の監督・コーチとしての経歴

廣瀬永和監督は数々の有名企業の陸上部の監督をされています。その経歴を紹介します。


1991年4月 株式会社ワコール 女子陸上部 コーチ

1993年3月 グローバリー株式会社 陸上競技部 コーチ

2005年12月 シスメックス株式会社 女子陸上競技部 コーチ

2009年10月 シスメックス株式会社 女子陸上競技部 副監督

2010年10月 シスメックス株式会社 女子陸上競技部 監督

2013年4月 シスメックス株式会社 女子陸上競技部 総監督

2016年6月 岩谷産業株式会社 陸上競技部 監督

廣瀬永和監督は25年以上女子陸上の指導者として活動された経歴があります。

2004年のアテネ五輪で指導した野口みずき選手が金メダルを獲得したことで、女子陸上の指導者としての評価を大きく高めました

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野口選手を育てた廣瀬永和監督の指導法

野口選手を五輪金メダリストに育てた廣瀬永和監督の指導法はメンタルの強化がメインです。

野口選手は150センチメートル、41キログラムという小柄な体型ですが、身長とほぼ同じ長さのストライドを刻むダイナミックなフォームを目指します。

そのため走り込みはもちろん、全身の筋力強化が欠かせない練習メニューを行いました。

野口の練習は男子でもなかなかできない」と廣瀬永和監督は証言しています。

その結果、野口選手は記録をのばして最終的にはアテネ五輪で金メダルを獲得することになります。

このことから廣瀬監督は気持ち(メンタル)を大切に考えています。

廣瀬永和監督が飯田怜を棄権させない理由は?

ここから廣瀬永和監督が、飯田選手を棄権させなかった理由について考えていきます。

過去の教え子である野口選手も怪我に泣かされた一人でした。

2005年に日本新記録を達成し優勝したベルリンマラソン。

連覇を狙う2006年のベルリンマラソンでは怪我により大会への参加を断念しました。

このときは廣瀬監督から「大会はあきらめよう」と切り出しました

怪我の状態によっては、選手を棄権させる廣瀬監督のエピソードです。

それでは、なぜ今回は棄権をしなかったのでしょうか?

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実は棄権を申し出ていた?

当時、廣瀬監督は現場から10キロメートルほど離れた場所でモニター観戦していました。

転倒後、立てない飯田選手の姿をモニターで確認して、即座に棄権を大会運営側に申し出たそうです。

しかし、棄権の意図が現場にうまく伝わらなかったようです。

監督は賢明な判断をしましたが、残念ながら連絡体制に不備があったようです。

さいごに

今回は廣瀬永和監督は、飯田怜選手を棄権させようとしました。

残念ながら連絡体制の不備により、現場に棄権が伝わらなかったようです。

このような不備がなくなる体制を作ることが必要ですね。

また飯田怜選手の怪我が心配ですね。

早く飯田怜選手が復帰できると良いのですが・・・。

最後まで記事をご覧いただきありがとうございます。
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ゲン
神奈川県在住の会社員。 三歩進んで二歩下がる毎日を送る。 昼寝と映画と散歩が大好き。 気になった情報を発信します。

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